大きくする 標準 小さくする

2012年02月10日(金)更新

致良知

志士の流儀
志士の流儀

先日、ご縁があって陽明学の林田明大先生のセミナーに参加することができました。
その時に、上記の著書に「致良知」とサインを頂いた著書を購入できました。
ありがとうございます。


陽明学といえば、地元、近江の聖人と呼ばれた、中江藤樹先生が有名ですが、滋賀に生まれ育ちながら、殆ど学ぶことの無かった学問でした(^^;


はじめて教えていただく陽明学でしたが、私にとっては意外となじむと言いますか、今まで影響を受けてきた仏教的な考え方とも、共通するところが多く、違和感無くお話しを訊くことができました。


特に印象に残っているのが、サインして頂いた「致良知」についてでした。

良知とは、いわゆる良心のことであり、良心にしたがって生きることが「致良知」なんだと。


ただ、今までは、良心がイマイチイメージ出来ていませんでしたが、林田先生から、わかりやすい解説をお聞きし、ストンと腑に落ちました。


良知とは、

 夜、寝ようと思って、布団にもぐりこんだ後、ふと・・・
 
 「明日の会議の資料今日中に準備しておいたほうがいいよ!」

  とか、

 「明日は雪だから、目覚ましを30分早くセットしたほうがいいよ!」


などと、教えてくれる何者かがいる。

その何者かが、良知であると林田先生は教えてくださった。




確かに、私にも身に覚えがある。


私の良くあるパターンで言えば、大阪で夕方からセミナーやって、懇親会に行き散々呑んで、JR大阪駅終電(午前0時発)で帰宅すると、深夜1時をまわり、午前2時ごろに布団にもぐりこむ。

こういう日は、

 「明日の会議の資料今日中に準備しておいたほうがいいよ!」

などと、良知からの有難い声がしても、ほぼそれを無視して眠ってしまい、朝から慌てて準備をはじめ、時間切れで準備不足の会議に突入・・・となることがよくある(^^;;


折角の良知、良心に従わず、失敗するパターンである。


そうなんですね。

良知、良心というものは、誰にでも等しく与えられているものであり、自身の中に内在している。

その良知・良心を、日ごろから常に磨き、良知・良心に従って行動することが、人生を心豊かにする秘訣なのだ。


この良知へのいたり方を、中江藤樹先生は・・・

良知というのは良心、美しい心。人は誰でも天から与えられた美しい心を持っている。 しかし我欲によって曇らせてしまうので、絶えず磨きつづけ、鏡のように輝かせておく努力が必要。良知が明らかになれば、天と一体になって人生は安らかになる。

良知にいたるには、日常、五つのことを心がければいいという。

 なごやかな顔つきをし、
 思いやりのある言葉で話しかけ、
 澄んだ目でものごとを見つめ、
 耳を傾けて人の話を聴き、
 まごころをもって相手を思う。

何より正直であることが大切と説かれている。



みなさん、良知の声、聞こえていますか?


最後までお読みいただきありがとうございます。